『忘れられた日本人』をひらく

『忘れられた日本人』をひらく

概要

不世出の民俗学者・宮本常一の主著のひとつであり、いまなお愛され読み継がれる『忘れられた日本人』。そこに描かれた日本人の姿を、ノスタルジアに陥ることなく、グローバリズムとナショナリズムとが錯綜する21世紀の世界のなかにいかに価値づけ、その可能性をひらくことができるのか。民俗学者の畑中章宏さんと若林恵がデヴィッド・グレーバーや鶴見俊輔、ジョン・デューイなどを補助線にしながら、民俗学の名著から「民主主義の日本的起源」を探ります。


成り立ち

若林が平凡社時代からお世話になっている民俗学者の畑中章宏さんが、2023年5月に著書『今を生きる思想 宮本常一:歴史は庶民がつくる』を上梓されました。宮本常一の思想にどんな可能性を見いだしているのか、畑中さんの問題意識が明確に提示されている本書。その内容は大変興味深いと同時に、コンパクトにまとめられている分、各章をさらに深掘りすることができるのではないか、と書籍を読みながら考えていました。

発売後まもなく畑中さんから「刊行記念イベントを一緒にやりませんか」とご提案いただき、同年7月には黒鳥福祉センターを会場にトークイベントを開催することに。開催当時は宇野重規さん著の中公新書『実験の民主主義』の内容チェックをしていたのですが、トークイベントの準備を進めながら、2冊がいかに親和的であるかに驚かされました。

トークイベントでは、宮本常一を海外向けに、いま一度プレゼンできる可能性があるのでは?といった問題意識のもと、「宮本常一を海外に紹介するならば」という建て付けで実施。そこでは、『実験の民主主義』ほか宇野さんの著書、さらにはデヴィッド・グレーバーやイヴァン・イリイチなどを補助線に宮本常一を語る、といった試みに挑戦しました。

イベントに手応えを感じ、宮本常一の主著のひとつ『忘れられた日本人』をさらに読み込めば、よりいっそう面白い発見がありそうだと思いつき、「もう一度お話させていただくお時間はございますか」と畑中さんに相談。黒鳥福祉センターに再度ご来訪いただき、5時間にわたる対話を実施し、『忘れられた日本人』を読み進めるなかで感じた気づきや驚きを投げかけては、畑中さんにそれを丁寧に解きほぐしていただきました。

『実験の民主主義』の制作に終わりが見えてきたタイミングでの宮本常一との邂逅が、あまりに新鮮で驚きに満ちたものだったがゆえ、勢いで書籍化することを畑中さんに提案。結果、対話を実施した日から約3カ月後の12月初旬に刊行することができました。以前から、思い付いたアイデアはすぐ形にしたいと思っていたので、今後も制作のスピード感を意識していきたいと考えています。

本書の特徴のひとつは、「本のプロモーションのために本を制作する」といった不思議な形式を採用したことにあります。書籍化を決めた当初から、講談社現代新書の『宮本常一:歴史は庶民がつくる』と、中公新書の『実験の民主主義』の2冊をつなぐ副読本になれば、という認識のもと制作が進み、刊行後も黒鳥社を含めた3つの出版社を横断して宣伝していく、これまでにはないプロモーションを展開しています。書店関係者のみなさまには、ぜひとも3冊セットで書棚に並べてほしいと願っています。